『ソクラテスの弁明』 プラトン(著) 久保勉(訳) 岩波文庫 1927
ソクラテスの弁明
「私の誹謗者らが誹謗するところは何であるか。」
「曰く、「ソクラテスは不正を行い、また無益なことに従事する、彼は地下ならびに天上の事象を探究し、悪事をまげて善事となし、かつ他人にもこれらの事を教授するが故に」。」
「私は、何事がかかる名声と悪評とを私にもたらしたか、それを諸君に説明して見ようと思う。」
「思うに諸君はカイレフォンを知っておられるに違いない。」
「彼は何事をするにもいかに激情的であったか、それは諸君もご存知のはずである。彼はかつてデルフォイにおもむき、次の如き問に対して神託を求むるの大胆を敢えてした――が、前にも申した通り、諸君、どうぞ静粛に聴いていただきたい。則ち彼は、私(ソクラテス)以上の賢者があるか、と伺いを立てたのである。ところがそこの巫女(ピュテイア)は、私以上の賢者は一人もないと答えた。」
「その神託をきいたとき、私は自問したのであった、神は一体、何を意味し、また何事を暗示するのであろうか、と、私が大事においても小事においても賢明でないということは、よく自覚しているところであるから。」
「私は賢者の世評ある人々の一人をたずねた、」
「彼と対談中に私は、なるほどこの人は多くの人々には人々には賢者と見え、なかんずく彼自身そう思い込んでいるが、しかしその実彼はそうではないという印象を受けた。それから私は、彼は自ら賢者だと信じているけれどもその実そうではないということを、彼に説明しようと努めた。その結果私は彼ならびに同席者の多数から憎悪を受けることとなったのである。」
「とにかく俺の方があの男よりは賢明である、なぜといえば、」
「彼は何も知らないのに、何かを知っていると信じており、これに反して私は、何も知りもしないが、知っているとも思っていないからである。」
「その後私は順次にさまざまの人を歴訪した、そうして私は他の憎悪を我身に招いた」
そして、
「私は実際はほぼ次の如きことを経験したのである。則ち神意に従って探究した結果、私は、最も令名ある人々はほとんどすべて最も智見を欠き、これに反して尊敬せらるること少き他の人々がむしろ智見において優れていることを認めた。」
「諸君、真に賢明なのは独り神のみでありまた彼がこの神託においていわんとするところは、」
「あたかも、「人間達よ、汝らのうち最大の賢者は、例えばソクラテスの如く、自分の智慧は、実際何の価値もないものと悟った者である」とでもいったかのようなものである。」
「かくて、彼ら試問に逢った人達は、自らを責める代わりに、私に対して憤り、「ソクラテスとかいう不都合きわまる男がある、彼は青年を腐敗させる者である」というのである。」
「最初の告発者の非難に対して、私が諸君の前に為すべき弁明は、今いったところで尽きていると思う。」
「さて私はこれより自ら有徳の士かつ愛国者と称するメレトスと、次にはその後の告発者に対して弁明を試みようと思う。」
「そのいうところはほぼ次の如くである、「ソクラテスは罪を犯す者である、彼は青年を腐敗せしめかつ国家の信ずる神々を信ぜずして他の新しき神霊(ダイモニヤ)を信ずるが故に」と。」
「こちらへ出たまえ、メレトス君」
「君が最も重きを置くのは、青年が出来うるかぎり善良になることなのだね」
メレトス「その通り。」
「青年を善導する者は誰であるか」
メレトス「国法だ。」
「国法なるものを知っている人間は誰なのか。」
メレトス「裁判官諸氏だ。」
「この人達に青年を教育したり善導したりする力があるというのか。」
メレトス「勿論。」
「みんななのか」
メレトス「みんなだ。」
「すると善導者は随分沢山なわけだ。」
「ここの聴衆もまた彼らを善導するのか」
メレトス「彼らも同じことだ。」
「では、参政官は?」
メレトス「参政官も同じこと。」
「国民議会の議員たちは」
メレトス「彼らも同じこと。」
「すると、私を除いたアテナイ人はみんな彼らを善良かつ有徳にするのに、ただ私ばかりが彼らを腐敗させるように見えるね。君の説はそうなのか。」
メレトス「いかにも」
「君は馬の場合もまた同様だと思うのか。」
「さて、メレトス君、ゼウスの神かけて、もう一ついってもらいたい、一緒に住むのには、善良な市民と邪悪な者とどちらが好かろうか。」
「悪人は常にその隣人に悪事を、善人はこれに反して善事を行うのではないか知らん。」
メレトス「確かにそうだ。」
「世に誰か害を欲する者があろうか。」
メレトス「ないにきまっている。」
「私は、私との交際ある誰かを悪に導けば、私自身も彼から害を加えられるという危険があることもわからないのみではなく、君の主張するところによれば、しかも故意にこの非常な禍害を自ら招いているほど愚かを極めているのだろうか。」
私見
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